書画
【SOLD】土佐 光孚 「宇治橋図幅」
SOLD
絹本
江戸時代
幅46.5cm 長さ178cm
遠くに山端が見えその上には月が描かれています。
手前には宇治橋と、その下には舟が描かれています。
本紙下の部分には、「畫所預正五位下土佐守藤原光孚」と書かれています。
土佐派は日本的な大和絵の技法を樹立し、室町時代より朝廷の絵所を代々世襲しました。
桃山時代に一度衰退しますが、江戸時代になり再興しました。
本紙にはシミが見られます。表装には折れ、シワ、小さな虫喰い穴が見れます。
土佐 光孚
1780(安永9)年‐1852(嘉永5)年
土佐分家光貞の子。幼名は虎若丸。字は子正。鶴皐と号した。御菌玄審頭の三男を養子にしたという。禁裏絵所を勤め、嘉永5年(1852)正四位下に叙せられた。寛政度内裏では幼少ながら父と共に清凉殿に障壁画を描き、文政元年(1818)には大嘗会悠紀主基屏風を描いた。『平安人物志』文化十年版から嘉永五年版まで登場し、寺町丸太町に住んだ。墓は知恩寺(京都市東山区)にある。
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