古美術用語集

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7代 楽 長入

7代楽長入 1714(正徳4)年 - 1770(明和7)年 左入の長男として生まれ、享保13年(1728)、七代吉左衞門を襲名。宝暦12年(1762)、剃髪隠居して長入と号しました。

初代 真清水 蔵六

1822(文政5)年 - 1877(明治10)年 山城国乙訓郡久我村の庄屋清水源右衛門の三男。幼名 太三郎、名 蔵六、号 宗缶。13歳で京都の叔父、四代和気亀亭に入門。17歳の時、青磁を焼き、天保14年、五条坂に開窯、名を蔵六と改め、のち妙法院宮の命により、真清水と改姓。元治元年、孝明天皇への献茶の器一式を製作、玄々斎宗匠より「宗缶」の印を与えられた。色絵・金襴手・青磁・染付などに優れたが、抹茶

呉春

1752(宝暦2)年‐1811(文化8)年 江戸時代中期-後期の画家,俳人。京都の金座年寄役松村匡程の子。大西酔月、与謝蕪村に学ぶ。円山応挙と交流して独自の画風を確立。京都四条東洞院に住み,その一派は四条派と呼ばれた。画号は呉春。月渓は俳号。

池田 遥邨

1895(明治28)年‐1988(昭和63)年 松原三五郎に入門、洋画で文展に入選したが、大正のはじめ日本画に転じ、竹内栖鳳に師事した。昭和3年「雪の大阪」、5年「烏城」が帝展特選。11年から母校の京都市立絵画専門学校(現京都市立芸大)で教えた。28年から青塔社を主宰。51年芸術院会員。62年文化勲章。岡山県出身。本名は昇一。

永楽 即全(16代 永楽善五郎)

1917(大正6)年‐1998(平成10)年 14代得全の甥15代正全の子。妙全の養嗣子。三井家・三千家に出入りし数々の名品を作る。茶道隆盛と共に現代の名工の一人に数えられる。

小松 均

1902(明治35)年‐1989(平成元)年 山形出身。土田麦僊に学ぶ。昭和3年福田豊四郎らと新樹社を結成。5年帝展特選。21年日本美術院賞。代表作は連作「最上川」。61年文化功労者。1928年から京都近郊の大原に住み、大原の風景を題材にした作品を多数残して「大原の画仙」と称せられた。

松井 康成

1927(昭和2)年 - 2003(平成15)年 長野県生まれ。明治大学を卒業し、茨城県笠間市にある浄土宗月崇寺の住職の跡を継ぐ。その後、廃窯となっていた、山門下の窯を再興し、東洋陶磁の研究を行う。栃木県の田村耕一に師事。練上手の技法を研究し、完成させ、昭和44年には、第9回伝統工芸総裁賞や日本陶磁協会賞などの数々の賞を受賞。平成5年、人間国宝に認定。

芹澤 銈介

1895(明治28)年 - 1984(昭和59)年 静岡市生まれ。東京高等学校図案科卒業後、生涯の師である柳宗悦と沖縄の染物紅型に出会ったことにより型染めを中心とした道に進む。1956年、人間国宝に認定。

富本 憲吉

1886(明治19)年‐1963(昭和38)年 奈良県安堵村生まれ。東京美術学校図案科建築部卒業。在学中にイギリスへ留学。帰国後、滞日中のバーナード・リーチと親交を結び,リーチが6世尾形乾山に入門する際に手引きと通訳をし、13年みずからも郷里に楽焼、次いで15年本焼の窯を築いて作陶の道に入った。37年帝国芸術院会員,44年東京美術学校教授、64年京都市立美術大学教授になる。55年色絵磁器により重