古美術用語集

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エミール・ガレ

  エミール・ガレ(Émile Gallé, 1846–1904)は、フランス・ナンシー出身のガラス作家、陶芸家、家具作家。19世紀末のアール・ヌーヴォーを代表する芸術家であり、ナンシー派(École de Nancy)の中心人物として知られる。自然や植物をモチーフに、独自の色彩と高度なガラス技法を追求した。1889年のパリ万博で国

坪島 土平

1929(昭和4)年 - 2013(平成25)年 大阪生まれ。1946年、川喜田半泥子に師事。1963年、川喜田半泥子没後に廣永陶苑を継承。大阪高島屋にて個展開催、以降、東京日本橋高島屋と共に個展開催。

4代 清風与平

1871年(明治4年)‐没年不詳 清風家は京都の陶家。初代は金沢の出であるが、1815年(文化12)京都に出て、仁阿弥道八の門に入った。四代与平は、1871年(明治4)三代与平の次男として京都に生まれる。陶技を父に、絵を田能村小斉(明治43年没)に学ぶ。1828(文政11)ごろ五条坂に開窯したのに創まる。1914年(大正3)三代与平が没すると、家業を継ぎ、四代与平を名乗った。父同様、名工の名が高

3代 清風 与平

1851(嘉永4)年 - 1914(大正3)年   兵庫県に生まれ、京都で没。2代清風与平に入門し、その後、師の妹と結婚。田能村直入に絵を学ぶ。  明治22年頃、清風家の跡継ぎの夭逝にともない3代清風与平を襲名。明治26年、陶芸界最初の帝室技芸員となる。

2代 諏訪 蘇山

1890(明治23)年 – 1977(昭和52)年  明治23年(1890)石川県金沢に生まれ。本名は虎子。初代蘇山の実弟・好直の次女。幼くして初代蘇山の養女となり、 初代の指導のもと作陶を学ぶ。大正11年初代没後、二代目を襲名する。大正13年第65回美術展覧会に『青影瓷尊式花瓶』を出品し銅賞受賞。以後、京都市工芸展、五条会展などにその制作を発表し、受賞を重ねる。作品は皇太

初代 諏訪蘇山

1852(嘉永5)年‐1922(大正11)年   明治・大正期を代表する京都の陶工。 金沢で生まれ、東京で彩雲楼旭山に陶画を学び、その後、九谷陶器会社に勤めた。のち石川県立工業学校彫刻科の助教諭となり、九谷焼の彫像を手がけた。1900年(明治33年)、京都の錦光山製陶所に招かれ、1907年には五条坂に自らの窯を開き、青磁の名作である「蘇山青磁」を完成させた。1917年(大正

2代 鈴木表朔

1905年(明治38年)-1991年(平成3年) 京都に生まれる。父・表朔のもとで漆芸を学ぶ。1926年(大正15年)、21歳のときに聖徳太子奉賛展に入選し、創作活動を開始。その後、京展、帝展、文展などに継続して出品。1937年(昭和12年)には、パリ万国博覧会にて銀賞を受賞。1978年(昭和53年)には現代工芸作家展に出品し、「漆と共に50年」記念個展を開催。1981年(昭和56年)には、古希

初代 鈴木表朔

1874年〜1943年 1874年(明治7年)、滋賀県安曇川町に生まれる。幼名は井上捨吉。蒔絵師・鈴木長真の養子となり鈴木表朔を名乗るが、後に髹漆(きゅうしつ)に転向し、二代木村表斎に師事する。 1909年(明治42年)には伊勢神宮の神宝の塗りを任され、1911年(大正2年)には高御座、御帳台、万歳幡など御大典に関わる重要な塗りを担当。1916年(大正5年)には内務省の御用達工となり、その塗り

9代 白井 半七

1928(昭和3)年 - 1987(昭和62)年 京都芸術大学卒業後、8代と同様に乾山写を得意とし、その他にも、独自の作風の茶陶も製している。昭和55年、兵庫県三田市大原に移窯。8代と共に料亭「吉兆」と親交を深めており、茶道具や会席の器など「吉兆好」の作品をよく残した。